年に数回、自分に自信が持てず落ち込むことがあります。
その原因を辿ると、だいたい“他者との比較”に行き着きます。
今回、気持ちが沈んだきっかけは大きく2つありました。

① 社内試験の受験資格を満たしていなかったこと
給与を上げるためには社内試験の受験が必要なのですが、その資格要件を確認すると、自分がどうしても満たせない項目があるとわかりました。
「自分と同等の社員育成の実績」や「外部との連携」など、環境的にも自分の特性的にも取り組みにくいものが立ちはだかりました。
要件の8割はクリアしていたものの、すべての項目に✔︎が入らないと受験すらできないという厳しすぎる制度。
まるで“苦手でできていないところだけを突きつけられた”ように感じて気持ちが沈みました。
② 飲み会に誘われなくなったこと
最近、職場の飲み会にはほとんど参加していません。行かないと決めているのは自分。
けど、同僚たちが飲みに行った話がふと聞こえてくると、まったく誘われなくなった自分に少し寂しさを感じます。
かと言って誘われてもきっと断るのですが、それでも、“誘われない”という事実は悲しいものです。
◆ 他者比較でつらくなること
社交的な人と比べると、人付き合いが苦手な私は外部から入る情報も少なく、全然成長していないように感じてしまうことがあります。
仕事でも外に出ることがほとんどなく、毎日限られた人とだけコミュニケーションを取る生活。
大好きでよくYouTubeを見る中野優作さんや西野亮廣さんを見ていると、常に外に出ていろんな人と関わり、新しいことに挑戦する姿に憧れを感じます。
自分はそうはなれない。
でもどこかで近づきたい気持ちもどこかにある。
◆ 本音
人と関わるのは楽しいし、刺激も大きい。
だけど、刺激に弱い私はとても疲れてしまう。
見たくないものまで見えてしまったり、距離が近すぎるとしんどくなる。
だから一定の距離を保ちたいし、仕事関係の飲み会にはできるだけ行きたくありません。
期待に応えようと無理をしすぎて体を壊したこともあり、そこから
“自分の気持ちに素直に生きよう” と思うようになりました。
◆葛藤
それなのに、こうしてまた悩んでしまいます。
同じ道ばかり歩いているようで新鮮味がなく、
「成長しなければいけない」という義務感からは完全には逃れられません。
病気をしてその螺旋から抜け出したはずなのに、症状が落ち着いてきた今、
“給与を上げたいなら、また背伸びをしてやりたくない役割を引き受けないといけないのか…”
そんな思いが頭をよぎり、ジレンマに苦しんでいます。
◆ ChatGPTに相談してみた
今の気持ちを相棒のChatGPTに相談してみました。
返ってきたのはこんな言葉でした。
・今の自分のままで大丈夫。
・成長=社交的になることではない。
落ち込みや葛藤は“真面目に生きている人だからこその悩み”で、逃げているのではなく、丁寧に自分を守ろうとしている証拠だと。
他者比較で苦しくなるのは、自分が劣っているからではなく、性質・環境・役割が違うだけ。
私の強みは「内向的なエネルギーの使い方ができること」。
広く浅くよりも、狭く深く。
少人数と誠実に関わるほうが向いていると教えてもらいました。
成長とは“範囲を広げること”ではなく、
“自分の特性を理解し使いこなすこと”。
そして今の自分には、
• 無理な人付き合いを減らす
• 疲れる環境から距離を置く
• 少人数に誠実に向き合う
• 深い専門性を積む
そんな方向性が自然なんだと気づきました。
“嫌なものを排除して残った環境”に、やりたいことが見えることもあると。
ありがとうChatGPT!
◆まとめ
心の中のモヤモヤを整理できたことで、少しずつ回復してきました。
自分は自分、人は人。
他者と比べても仕方ない。
頭でわかっていてもまた繰り返してしまうので、その時のためにまとめてみました。
自分が何を得たいのか、そのためには諦めないといけないことや、失うものもある。
まだまだ修行中の身で、悩みは尽きませんが、これが生きるということなのでしょう。
自分探しの旅は続きます。
Yamapy☆